シレーヌの日記9
私はシレーヌ。
私とロミオの子供が生まれたわ。
名前はオーラ。
『時』を意味する言葉よ。
2人が時を越えて育んだ愛の結晶。
それがあなたよ - 。
あなたがこれを読んでいる時
私とロミオはもう死んでしまっているでしょう。
私たちはあなたをちゃんと愛せていたかしら?
限られた時間の中で精一杯やってきたつもりだけど
あなたに私たちの思いが伝わっていることを祈っているわ。
私たちの死期についてはあなたに話すかどうか
すごく迷っていたの。
でも、話さないことにしていたわ。
死期が分かってしまうことはすごく怖い事なの。
だから話せなかった。許してね。
それと、あなたには魔法の力が宿っているわ。
あなたがこれからの人生で大切な人を見つけた時
その人を守りたいと思った時
心の中で祈ってね。
きっと私があなたの元に現れて
魔法の事を教えてくれると思うから。
最後に、短い間だったけど
一緒に暮らせて楽しかったわ。
あなたの事をいつでも愛しています。
また会いましょう。
シレーヌより。
− オーラはそっと日記を机の上に置いた −
両親の突然の死の原因を探るため
オーラはシレーヌの残した日記を見た。
そして真実を知る事ができた。
オーラ15歳。
心に魔法の力を宿した少年は
大切な人を見つけるための旅に出るのであった。
おしまい。
シレーヌの日記8
私はシレーヌ。
ロミオの命がもうすぐ終わる - 。
そう知った私は何も考えずロミオの家の中で
寝込んでいた。
そのとき、聞こえてきたのはロミオの声。
「シレーヌ!」
ロミオが帰ってきた - 。
ロミオに名前を呼ばれたのは、あの台風の日以来。
ロミオが帰ってきたの - 。
ロミオも私と同じく年齢を重ねていた。
でも何も変わっていなかった。
あの時のままの、やさしくてちょっと抜けている。
それがロミオ。
私たちは喜びを分かち合ったわ。
ロミオも旅の疲れがあったけれど、それを忘れて今までの事を
話し合った。
すごく長い時間、話したかった事を2人で話し合ったの。
でも、ロミオが私の記憶から事故の日の事を
消してくれたことを私が知っている事 - 。
それは言わなかったわ。
ロミオが守りたかったものを壊したくなかったの。
それから私達はロミオが働いている外国の地へ行く事にしたわ。
この場所にいては私の事を知る人達に迷惑が掛かってしまう - 。
後ろ髪を引かれる思いで私たちは
ロミオの家を後にした。
外国への移動中もずっと考えていたの。
ロミオはもうすぐ死んでしまう - 。
どうすればいいの。
私にできる事は - 。
私は決心した。
私ができることは1つしかない。
魔法の力を使ってロミオを救う事。
でも、もう次は2度とロミオに会えなくなるかもしれない。
私には移動の間の数日間がすごく怖かった。
ロミオと楽しく話をしていても常に頭を過る別れの気配 - 。
ついにロミオが働く外国の地へ着いたの。
そして私は願ったわ。
ロミオを救う事を - 。
目の前におばあさんが現れて
私は自分の祈りを伝えたわ。
そして - 、ロミオの命を20年延ばすことができた - 。
その魔法の代償は - 。
ロミオに与えた命と同じだけ私の命を差し出す事。
私とロミオはお互いあと約20年の命となったわ。
私は嬉しかった。
生きられる時間は減ったけれど、ロミオと一緒にいれる。
それは今までとは大きく違っていたの。
それから私たちは残された時間を共に生きていった。
そして、2人の間に子供を1人授かったの - 。
つづく。
シレーヌの日記7
私はシレーヌ。
今日は人生最良の日。
そして、最も悲しい日。
30年前の事故の真実を聞いた私は
ショックのあまり、しゃがみこんでしまったわ。
ロミオが死んでしまう。
私のせいで - 。
いつの間にかおばあさんはいなくなっていたわ。
私は埃を被ったロミオの庭の机を掃除し
椅子に座って空を眺めていた。
しばらく考えた後、私は自分の家を見に行こうと決めたわ。
30年 - 。
とても長い時間が過ぎていた。
自分の家への行き方はすぐに思い出せたわ。
以前見た風景とは変わってしまった道並みを横目に
自分の家を目指したの。
あった - 。
でも、なんて言って帰ったらいいのかしら。
私は30年前に死んだ身。
きっと、受け入れられることはない。
しばらく塀の外から様子を伺っていたわ。
そうしたら中から知らない女の人が出てきたの。
年齢は30歳から35歳くらいかしら。
庭で花に水をあげていた。
そして、家の中からもう一人出てきたわ。
お母さん - 。
昔とそれほど変わらない。
あの時のやさしいままの。
お母さん。
私はおもわず声を出そうとしてしまっていたわ。
でも、お母さんが女の人にやさしく語りかけている。
その雰囲気を見て、そっと声を落としたの。
すぐに理解できた。
私が死んだ後、心が悲しみに満ちてしまったおかあさん。
きっと、養子をとったのだわ。
2人の雰囲気はまさに親子のそれだった。
私は家に帰らず、その場を離れていった。
お母さんが元気でいてくれて本当に嬉しかった。
本当に。
でも、涙が止まらないのはなぜなのかしら。
もう、私には帰る場所は一切なかった - 。
あまり出歩くのも怪しまれてしまう - 。
そう思った私の行ける場所は1つしかなかった。
そう、ロミオの家。
いつも家の鍵は庭の机の裏につけていたわ。
もしかしたらと思い、机の裏を調べてみたわ。
鍵があった - 。
ごめんね、ロミオ。
少し家に入らせてもらうわ。
私は身を隠すためにロミオの家に入った。
電気も水も何も無いその場所で
ただ身を潜めていたわ。
木でいた頃はこんなに寂しいことはなかったかもしれない。
人間って寂しいのね。
とても - 。
それから何日か経ってからだった。
私は何も口にせず、体が衰弱していたわ。
こんなにもすぐに弱ってしまうのね。
このまま死んでしまってもいい - 。
そう思った時、その声は聞こえてきたの。
「シレーヌ!」
忘れもしないその声は
ロミオの風音。
つづく。
シレーヌの日記6
私はシレーヌ。
人間の姿に戻った私に
おばあさんは真実を教えてくれた - 。
あの日、あの台風の日。
川に落ちたロミオを私が魔法で助けた日。
川に落ちたのはロミオではなかった - 。
あの日、川に落ちたのは私。
そして、その時に私は死んだの。
死んだ私を生き返らせようと、ロミオは必死に祈ってくれた。
そこでロミオは魔法の力を使ったの。
魔法の力を伝承していたのは私ではなく、ロミオの家系だった。
ロミオは5つのことを魔法に託したの。
・シレーヌの魂を他の生き物に宿すこと。
・シレーヌの記憶から事故の記憶を無くすこと。
・シレーヌの記憶の一部を書き換えること。
・シレーヌが蘇生したときにロミオに知らせること。
・シレーヌに魔法の力を継承すること。
私の肉体は完全に死んでしまっていた。
でも、魂が肉体を蘇生させることが魔法により可能になったの。
そのための時間が10年。
私が猫になっていた時間。
ロミオは事故で私が体験した恐怖の記憶を無くしてくれた。
無くなった記憶の部分を
ロミオが溺れたという記憶に書き換えてくれた。
私がロミオの処刑を魔法で止めたとき
私は初めて魔法を使った。
20年間木になっていたのは
私の魔法の代償。
でも、ロミオは私の魂が何に宿っているかは知らなかった。
ロミオが外国へ旅立ったのも、どこかに宿る私を見つけるため
かもしれなかった。
そう語った後、おばあさんは話しを続けたわ。
ロミオが魔法の力を使ってまで
私の記憶を書き換えてくれたのに
なぜ、私に真実を教えたのか - 。
ロミオが私に使った魔法の代償 - 。
その代償はロミオの人生の半分を捧げることだった。
そう、ロミオは約40年の命を魔法の代償に差し出したの。
もう時間が残されていなかった。
ロミオの死期は迫っていた - 。
つづく。
シレーヌの日記5
私はシレーヌ。
今日は何か変な気分。
いつものように太陽の光で目を覚ましたわ。
でも、体がだるい - 。
うまく動かせないわ。
動かす - 。
何を考えているのかしら。
私は木。
動くことなんて - 。
手が動いた。
指も。
これは - 。
そう、私は人間の姿に戻っていたの。
もう、日を数えることもやめてしまっていた。
今日が魔法の代償から解放される日だった。
しばらくして体を動かす感覚を取り戻した私。
なんとか歩くことができた。
そして、ロミオの家の窓で自分の姿を確認したわ。
人間。そこにいたのは人間だった。
これは、誰なのかしら。
私はわからなかった。
その姿はあの日から
猫になったあの日から、30年経った私の姿だった。
それを教えてくれたのは、おばあさんだった。
魔法の力を使う時、いつも現れていたおばあさん。
私はようやく人間の姿になれたことが嬉しかった。
私の記憶している姿ではないけれど
面影は残っている気がする。
今日は人生最良の日 - 。
そう思えるくらい嬉しくて、私は自然と泣いていたわ。
そして、おばあさんは私に語りかけた。
真実を話す、と。
あの日の真実を - 。
つづく。
シレーヌの日記4
私はシレーヌ。
孤独な木。
ロミオは仕事で外国へ行ってしまったわ。
今までよりもはるかに悲しい。
そんな時間を過ごすことになってしまった - 。
しばらくは悲しみから立ち直れなかった。
でも、ロミオの頑張っている姿を思い出したわ。
私は何もできないけれど、時が来るまで耐えるしかないの。
もうこれ以上、魔法の力を使うわけにもいかない - 。
次はどんな姿になってしまうのか。
考えただけでも恐ろしいわ。
また月日は流れていった。
どれくらい経ったのかしら。
私はもう木としての自分を受け入れつつあった。
朝は太陽が力をくれる
昼は鳥たちが憩う
夜は月が鎮めてくれる
そんな日々が当たり前になった頃
私の前に1匹の猫が現れたの。
そう、それは私が木になる前の姿だった - 。
私は猫になった時、ロミオの家の窓で自分の姿を確認したの。
そして、首輪も付けていた。
間違いなく、その猫は私だった。
どういうことかしら。
私は今まで自分が姿を変えて生きていると思っていた。
でも、この猫は私じゃない。
ロミオが家を出る時に何かを探していた気がするわ。
それは、この猫かもしれない。
もし、私は生き物に憑依するような形で生きているのなら - 。
猫からロミオの家の木に憑依した私。
人間から猫に憑依した私。
じゃあ、人間だった私の体はどこへ行ってしまったの。
私は人間に戻れるの - 。
そんな不安と疑問は動けない私がいくら考えても
わからないまま、時は過ぎていった。
そして、途方もない時間の果て
遂にその時がやってきたの。
つづく。
シレーヌの日記3
私はシレーヌ。
ロミオの家の木になった。
今はもう猫だったときのように
ロミオに近づくことさえ叶わない。
ただ遠くで見ているだけ - 。
あの悲劇からどれくらいたったのかしら。
ロミオは悲しい顔をして、涙を流す - 。
もう私にはこれ以上、どうすることもできないみたい。
ロミオお願い。もう泣かないで。
しばらくしてロミオは成人を迎えた。
無実の罪を着せられ殺害されたロミオの両親。
その代償として国からは大金が支払われた。
もちろん、そんなお金なんかでは取り返しのつかないものを
失ってしまったロミオ - 。
でも彼は、大人になって前へ進むことを選んだの。
いつしか貿易の仕事をするようになった。
ロミオには力を貸してくれる友人もできたわ。
稼いだお金は寄付していたり、ボランティアにも参加するようになっていった。
忙しくしているうちに、ロミオは悲しい顔をしなくなったわ。
よかった - 。
ロミオ、あなたは素晴らしい人だわ。
自分の力で立ち直り、前へ進んで行けるんだもの。
もう、大丈夫ね。
私は見ていることしかできないけれど
あなたがこれからも元気に生活できることを心から祈っているわ。
それからまた、月日は流れ - 。
仕事が軌道に乗ってきたロミオは
外国へ行くことになってしまったの - 。
つづく。